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大阪高等裁判所 昭和44年(行ス)15号 決定

抗告人 大阪入国管理事務所主任審査官 近藤浩純

右代理人大阪法務局訟務部付検事 上野至

〈ほか三名〉

相手方 康英世

右代理人弁護士 佐藤哲

〈ほか一八名〉

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人が昭和四四年六月二六日相手方に対して発布した退去強制令書に基く執行は、その送還の部分に限り、大阪地方裁判所昭和四四年(行ウ)第六四号退去強制令書発付処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する。

本件執行停止の申立てのその余の部分を棄却する。

申立ておよび抗告に関する費用はこれを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙に記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一、本件記録によれば、相手方は朝鮮済州道南済州郡西帰邑法還里に本籍を有する外国人(国籍朝鮮)で、昭和一九年五月一五日大阪市において出生し、平和条約発効後は昭和二七年法律第一二六号第二条第六項に基づいて本邦に在留していたところ、出入国管理令(以下令という)施行後である昭和三九年九月二四日布施簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月の判決を受け、右懲役刑に処せられたことにより退去強制手続を受けたが、法務大臣に異議の申出をなした結果、昭和四〇年一二月八日付で在留期間を一年とする在留特別許可を受け、昭和四一年一二月令第二一条によりさらに在留期間が一ヶ年延長されたこと、然るに原決定摘示の理由によって昭和四三年六月二五日第二回目の在留期間の更新申請が不許可となり、原決定掲示のとおりの経緯により昭和四四年六月二六日相手方に対して本件退去強制令書が発布され、その執行のため相手方が大阪入国管理事務所収容場に収容されるに至ったことが疎明される。

二、ところで相手方の提起した右退去強制処分の取消請求事件の判決確定前に右退去強制令書に基づく送還が執行された場合、これによって相手方に回復困難な損害を生ずるおそれがあり、これを避けるべき緊急の必要があることは、右処分の性質、相手方の従来の生活経歴、送還先が朝鮮であることなどの点からして容易に推認されるところである。

抗告人は、法務大臣の在留特別許可に関する処分は幅広い自由裁量行為であるところ、本件で第二回目の在留期間更新の許可を与えなかったことにつき裁量権の濫用ないし逸脱ありといえないことは明白であるから、本件は行政事件訴訟法第二五条第三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当すると主張するが、自由裁量行為といえども、そこにはおのずから一定の基準があるべく、その範囲を著しく逸脱するものであるときは該処分は違法性を帯びるものというべきであるから、右の更新許可を与えなかったことの適否、ひいては退去強制処分の適否について、いまだ本案の審理を遂げていない現段階においてその理由のないことが疑いの余地がない程、明白であると断定することはできず、しかも、右送還部分の執行停止によって公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると認むべき資料はない。したがって、この点に関する抗告人の主張は採用できない。

三、そこで次に、本件退去強制令書に基づく収容部分の執行停止について判断するに、右の収容によって相手方がこれによる精神上肉体上の苦痛を被ることは推知されるけれども、これはその執行に伴う当然の結果であり、執行停止の要件たるいわゆる「回復の困難な損害」には該当しないと解せられる。相手方は、相手方には母および弟妹があり、母は過去の肉体労働のため身体が弱っており、相手方が働いて扶養しなければならない状態であって、本件の収容はこれら家族の生活を根抵から破壊すると主張するが、記録によれば、相手方は独身者で扶養すべき妻子はなく、母は従来雑貨の行商をなし、生活能力なしとはいえないのみならず、母の亡兄の長男李竜一が大阪でビニール印刷業を営み、相手方の母妹を引取り世話していることが疎明されるので、相手方の収容により母や妹らの生活が破壊されるとは到底考えられない。

なお、本件退去強制処分については、現に本案訴訟においてその適否が争われており、審理の結果によっては、右の処分が違法でないとの判断がなされる余地がないではない。しかるに今直ちに収容部分の執行をも停止するときは、相手方は外国人であり、しかも令第二四条第四号ロに該当する者であることが明かであるにもかかわらず、同令の定める何らの規制をも受けることなく、わが国に在留する結果になるのであって、かかる事態は出入国管理行政の建前を著しく紊るものであり、ひいては公共の福祉に重大な影響を及ぼすことにもなる。そして、記録を検討しても、右の如き影響をぎせいにしてまでも、本件収容部分の執行を停止すべき緊急の必要性があるとは思われない。

また、相手方は、令第五二条第三項にいう「直ちに本邦外に送還することができないとき」というのは、法律上は可能であるが、事実上の一時的な障害をさすのであって、送還部分の執行が停止される以上、送還のための手段に過ぎない収容のみの執行を継続することは許されないと主張するけれども、送還の執行停止は本案判決の確定するまでの一時的暫定的な措置であり、もし、本案判決により送還の適法性が確定された場合、その執行を保全するため、収容の必要の存することは自明の理というべく、記録によれば、相手方は昭和四三年一一月ごろから従兄李竜一の許でビニールの印刷工として働き、母や妹とともに居住していることが認められるが、原決定摘示のとおり相手方には非行歴(中等少年院、特別少年院送致)犯罪歴があり、また母親と意見が合わず家を飛出し、相当長期間所在不明となっていたもので、彼此総合すると、逃亡の虞なしとは断じえない。

さらに、相手方は、前記法律第一二六号第二条第六項に基いて本邦に在留する者に対しては出入国管理令は全面的に適用がないと主張するが、かかる解釈は当裁判所の採らないところである。

右の次第で、相手方の申立にかかる本件退去強制処分の執行の停止は送還の部分に限り停止するを相手と認め、その余の申立は失当として棄却すべきである。よって本件申立を全部認容した原決定は右の限度で変更することとし、民事訴訟法第九六条第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小石寿夫 裁判官 宮崎福二 舘忠彦)

〈以下省略〉

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